東京高等裁判所 昭和52年(ネ)38号 判決 1977年10月11日
控訴人 関総兵衛
右訴訟代理人弁護士 木川統一郎
同 岩月史郎
被控訴人 松村愛次
右訴訟代理人弁護士 小林優
主文
原判決を取消す。
本件を東京地方裁判所八王子支部に差戻す。
事実
一 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、「原審における請求の趣旨第一項は被控訴人が原判決添付別紙物件目録記載の土地につき有する借地権(賃料・坪当たり月額金二〇円、期間・昭和三六年から二〇年間)は、その目的が物置小屋所有に限られるものであることの確認を求める趣旨である。」と述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・認否は次のとおり補充するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決四枚目表一〇行目「原告の……」から同一一行目「……これは」までを「控訴人の本訴請求は」と改める。)。
(控訴人の主張)
控訴人は本訴において、東京地方裁判所八王子支部昭和四九年(ワ)第三七四号事件の確定判決により確認されている被控訴人の本件土地についての借地権(賃料・坪当たり月額金二〇円、期間・昭和三六年から二〇年間)につき、その目的が、請求原因二記載の事情のもとにおいて成立した控訴人と被控訴人ないしその先代松村定吉との間の特約に基づき、物置小屋の所有に限られていること、換言すれば被控訴人が右以外の建物の所有を目的とする借地権を有しないことの確認を求めているのであり(原審における請求も右と同旨であるが、表現が適切でなかったので、右一記載のとおり請求の趣旨第一項の趣旨を明らかにする。)、したがって、本訴請求は、被控訴人が借地法の適用のある賃借権、すなわち借地権を有すること自体を否定しようとするものではないし、また、単なる事実の確定を求めるものではなく、現在の具体的権利関係の存否の確認を求めるものというべきである。
しかして、前記事件において訴訟物とされたのは建物所有を目的とする賃借権の存否であり、前記判決はその存在を確定しているが、右にいう「建物」とは、物置小屋から通常の住宅はもちろん高層建築物までを含む広い概念であり、被控訴人の有する借地権がそのうちのいかなる種類・構造のものの所有を目的とするかは右事件の訴訟物にとり入れられておらず、この点について弁論も証拠調もなされていないのであるから、右判決はこの点を何ら確定していないとみるべきであり、正にこの点について現在控訴人と被控訴人との間に争いがある以上、控訴人の本訴請求は右判決の既判力に牴触するものではなく、確認の利益が肯定されてしかるべきである。
(右主張に対する被控訴人の認否)
すべて争う。本訴請求は事実の確定を求めることに帰するものであって、この観点からも許されないというべきである。
三 当裁判所は職権により東京地方裁判所八王子支部昭和四九年(ワ)第三七四号事件の訴訟記録を取寄せた。
理由
一 被控訴人が昭和四九年四月二四日東京地方裁判所八王子支部に、控訴人を被告として、本件土地について被控訴人が賃料・坪当たり月額金二〇円、期間・昭和三六年から三〇年間目的・建物所有なる借地権を有することの確認を求める訴を提起し(同裁判所昭和四九年(ワ)第三七四号事件)、昭和五〇年四月八日同裁判所において、被控訴人が本件土地につき賃料・坪当たり月額金二〇円、期間・昭和三六年から二〇年間、目的・建物所有なる借地権を有することを確認する旨の判決が言渡され、右判決が控訴期間の経過により確定したことは当事者間に争いがない。
二 ところで、控訴人は本訴において、右確定判決により確認された被控訴人の借地権について、その目的が控訴人と被控訴人ないしその先代松村定吉との間の特約により物置小屋の所有に限定されているとして、その旨の確認を求めるものであるところ、まず右請求が事実の確定を求めるものであるか否かを考えるに、土地の賃貸借においてその目的を右のように限定する特約は、賃借土地の用法を定めるものとして、それ自体有効なものと解され、これにより賃借人たる被控訴人において用法遵守義務を負うに至るのであるから、本訴請求が単なる事実の確定を求めるものではなく、右特約に基づき発生する控訴人・被控訴人間の法律関係の確認を求めるものであることは明らかである。
そこで進んで、被控訴人の有する右借地権の目的が物置小屋の所有に限定されているか否かの点が前記事件の確定判決により既に確認されているものというべきかについて検討するに、成立に争いのない甲第一号証(右事件の判決正本)に照らせば、右事件において原告たる被控訴人が請求の趣旨として掲げ、これにより右事件の訴訟物とされ、判決主文に掲げられたのは、被控訴人が本件土地について建物所有を目的とする(換言すれば借地法の適用のある)賃借権を有することとその賃料額及び存続期間のみであり、右判決主文に「建物所有」とある趣旨は、被控訴人が本件土地を農耕、竹木所有等のためではなく、宅地として使用しうることを定めただけであって、右判決主文は、控訴人・被控訴人間に賃借土地の用法に関する特約として所有建物の種類・構造等についての定めが存在し、これによって宅地上に所有すべき建物の種類等が具体的に定められているか否かの点についてまで触れているものではなく、したがって右判決はこの点について何ら確定するところがないとみるべきである。したがって、控訴人が本訴において右借地権の目的が物置小屋の所有に限られている旨を主張することは右確定判決に牴触するものではないというべきである。もっとも、控訴人が本訴において、被控訴人の有する賃借権が借地法の適用のあるもの、すなわち借地権であること自体を正面から否定しようとするものでないことはその主張に徴し明らかであるとはいえ、右借地権につき物置小屋のみの所有を目的とするものである旨を主張することは、借地法の適用により相当長期間存続すべきことが当然予定される被控訴人の借地権を肯定することと事実上矛盾するものとして、実質的な意味において前記確定判決に牴触するのではないかとの疑問も生じえないではないが、物置小屋といってもその構造・規模は様々のものがありうるのであり、借地法の適用のあることを前提として、同法の定める存続期間等と矛盾しない構造・規模を有する物置小屋を考えることも不可能ではないから、右の疑問をもって控訴人の主張が前記確定判決に牴触するものではないとの前記結論を左右することはできない。
そして、被控訴人が右判決の確定後、右借地権の目的には通常の居住用建物の所有も含まれるとして、これを新築するため控訴人を相手方として東京地方裁判所八王子支部に増改築の許可を申立て(同裁判所昭和五〇年(借チ)第九号事件)、右事件が現に係属中であることは当事者間に争いがなく、右借地権の目的について控訴人・被控訴人間に争いがあることは明らかであるから、右目的が物置小屋の所有に限定されることの確認を求める控訴人の本訴請求は確認の利益を備えているものと認めるべきである。
三 してみると、控訴人の本件訴を既判力に牴触するか、確認の利益を欠く不適法なものとして却下した原判決は失当というべきであるから、これを取消し、本案につき審理させるため本件を原審に差戻すこととし、民事訴訟法三八六条、三八八条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 三井哲夫 河本誠之)